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〜夏祭りの想い出(1)〜
平成11年囃し手 井上真秀(現中学2年生)
「その時、僕はヒーローだった」
1999年7月19日、東町の屋台が初めて団子坂を登った。
朝からの晴天、真夏の太陽が照りつける。今日は川瀬祭り、東町の屋台が初めて団子坂を登る。僕は幸運にもその歴史的な瞬間に囃し手として屋台に乗る事になった。
東町会所を出発、例年どおり健生堂まで進む。ここからが例年と違うところだ。健生堂から団子坂を目指して出発、団子坂を見渡せるT地路を曲がった時、僕はあまりにも大勢の人々や警察官が集まっているのに驚いた。胸がドキドキする。さあ、出発だ!「ホ−リャイ!ホ−リャイ!」精一杯の声を出す。団子坂を登る直前で屋台が止まる。行事や東神曾の人が屋台に何か取り付けている。進行長の岡部さんが笛を吹いた。OKの合図だ。さあ、再び出発だ。みんな渾身の力をふりしぼって屋台を引っ張る。声を出す。「ホ−リャイ!ホ−リャイ!」よーし、登りきった。成功だ。見物の人たちの視線が僕らに集中している。曳き手の人がバンザイをしている。拍手をしている。握手をしている。すごい歓声だ。団子坂を登ったんだ。その時僕はヒーローだった。
あれから2年、僕は去年曳き手として参加させてもらった。けれども今年は中学校の部活動があり参加できない。
これから先、高校生、大学生、社会人となったら、今まで行事の人たちに面倒を見てもらったように今度は僕が小学生の面倒を見ていきたい。
〜夏祭りの想い出(2)〜
平成12年拍子木 若林敦子(現中学1年生)
「祭り、最高!」
「ワッショイ!」という声で、待ちに待った7/19,7/20の夏祭りが始まった。
私は昔、祭りがそんなに好きではなかった。しかし、太鼓の音、笛の音、拍子木の音、みんなが出している声を聞きながら、自分自身で綱の中に入り、拍子木を打ち、声を出しているうちに祭りが大好きになった!何で好きになったかはわからないが、多分頭の中で、「お祭りは誰かに楽しませてもらうものではなく、自分で参加して楽しむもの」だと知らず知らずのうちに思うようになったからだろう。
だから今は「祭り」という言葉を聞くと、太鼓の音や笛の音、拍子木の音、みんなの声が頭の中に何よりも先に浮かんでくる。今では夏祭りまであと何日かを数えてしまうくらい大好きになった
去年小学校を卒業して、中学生になった今、拍子木が出来なくてとても淋しい・・・。でも、今年からは町内のおそろいの鯉口を着て手伝い役として頑張って行きたいと思う。
将来、もし私が結婚して他の町内に行ったとしても、お祭りは自分の子どもはぜったい、ぜったい、東町に参加させたいと思う。(たとえ周りに反対されても!)
祭り、最高! 「ワッショイ!ワッショイ!」
「東町1番!世界で1番!」


